自閉症スペクトラム障害と情緒的交流
この「カサンドラ症候群」は、自閉症スペクトラム障害と関係が深い概念ですが、障害を持つ当事者というよりも、当事者周辺の人に表れるものです。
具体的には、アスペルガー障害である夫の配偶者、つまり妻に比較的多くみられます。
ただしこれは、「症候群」とされていることから、まだ疾患として正式に求められたものではなく、さまざまな症状の一群を指して「カサンドラ症候群」と呼んでいます。
疫学的に、自閉症スペクトラム障害は男性に多いため、上に書いたように、「カサンドラ症候群」はその配偶者である妻に多くみられます。
ただし、妻がASDである場合も少なからずありますので、逆のパターンも十分に考えられるでしょう。
なお、自閉症スペクトラム障害の特性については『自閉症スペクトラム障害(ASD)とは』をご参照ください。
ちなみに、「カサンドラ」とは、ギリシア神話に登場するトロイの王女の名前であり、そこから「カサンドラ症候群」と命名されたようです。
カサンドラ症候群の症状
配偶者やパートナー、家族の成員がASDであった場合、それに近しい人が、当事者との情緒的交流のなさや、コミュニケーションの難しさから、自信の喪失や抑うつ状態、パニック障害などを呈することがあります。
さらに、当事者が知的に高いASDであった場合は、社会的に成功していることが多く、それゆえに周囲からは問題の本質を理解されにくい、という事態が生じ、上記の辛さが増すこととなります。
これが、カサンドラ症候群です。
周囲から自分の辛さをわかってもらえいないことが、余計に孤独感や症状を強める、という悪循環が生まれてしまうわけですね。
たとえば、妻が食後のデザートとしてアイスクリームを2つ買っていたとします。
そして夕食を終えて、妻が夫に「アイスクリームがあるから食べよう」と提案したとしますよね。
当然、妻としては、アイスクリームを取りに行った夫が、自分の分も持ってきてくれると予想します。
しかし夫は、自分のアイスクリームだけを嬉しそうに持ってくる、というまさかの行動にでます。
ただし、ASDの人は、一般的に『心の理論』と呼ばれる心的機能がない、あるいは薄いと言われていますので、何も悪気があって上記の行動にでたわけではありません。
『そんな些細なことで…』とか、『そんなのどの家庭にもあるでしょう』などと思われたかもしれません。
しかし、こういう些細なことの積み重ねが、意外な症状となって表れてくることが少なくありません。
上の例でいえば、妻側が感じるのは、夫が持つ圧倒的な他者配慮のなさと、言葉の背景ににある意図の読めなさ、そして共感性のなさです。
これが、もっとも近しい存在であるはずの家族が原因となって積み重ねられると、精神的に追い詰められてくることは、想像に難くありません。
そして、当事者であるASDの人が、話し合いなどによってパートナーと衝突することを避ける傾向があった場合、悪循環が延々と続き、パートナーが症状を呈する、ということになるわけです。
対処
カサンドラ症候群への対処としては、当事者であるASDの人の、特性を理解することが大前提となります。
“知っておく”ということが極めて重要なわけですね。
そのうえで、夫の特性が、夫自身の落ち度ではないこと、そしてそれに傷ついてきた自分(妻)も、自分が悪いわけではないこと、これを認めていくことが大切です。
受け入れは難しいことですが、まずは『誰が悪いわけでもない』ということを理解する必要があります。
さらに、カップル間、あるいは家族間の人間関係において問題があることを、周囲の人に理解してもらう必要があります。
周囲の理解によって、はじめて辛さの受容や、サポートを得られることができますので、ここも大切です。
具体的な対処としては、
- 当事者であるASDの人とともに専門機関を受診する
- ASDの特性を理解してかかわる
- 自助グループを利用する
- 臨床心理士などの専門家によるカウンセリングを受ける
- 思い切って当事者と距離をとる
などが挙げられます。
しかし、やはり自覚がない当事者の人を連れて受診することは難しいでしょうし、最初に挙げたものはハードルが高いかもしれません。
ただ、ASDの人の特性(特に、社会的に成功している知的に高い人)として、徹底的に合理的な考え方をする、というものがあります。
これは要するに、『損得勘定に非常に敏感である』と言い換えることができるかもしれません。
もちろん、その当事者の個別性をふまえて対処していくべきですが、『受診することに大きいメリットがある』という流れを自然に作ることができると、理想的かもしれませんね。
次に挙げた、『ASDの特性を理解してかかわる』ということも大切です。
上に書いた、合理的な考え方をする、というものもそうですが、ASDの人には、なんとなく共通する特性があったりしますので、それをふまえて、当事者のパートナーである人が、対処の仕方を変えていく、ということで、悪循環が断ち切れる場合があります。
もちろん、『自助グループを利用する』や、『臨床心理士などの専門家によるカウンセリングを受ける』を同時に行っていけると、なおよいです。
これを読んでいるあなたが悪いわけではないんですから、そこは間違えないようにした方がよいでしょう。
そして、最後に挙げたものですが、これは個人的にはおすすめできません。
つい感情的になるとここに飛びつきがちですが、その前にいくつかできることがあるはずだからです。
感情的に当事者を責め立てると、ますます悪循環となってしまいますから、可能な範囲で冷静にいくべきでしょう。
Apilaでは、発達障害の当事者に対する支援を行っていますが、もちろんそのご家族も対象です。
当事者だけでなく、『全体』をみる視点を大切にしているからです(詳しくは『Apilaが考えること』をご参照ください)。
継続的なサポートとして、発達相談だけでなく、保護者の方ご自身の心理面接も承っていますので、ご希望があればお申し付けください。